三内丸山遺跡(2)

 一旦建物を出て、そのすぐそばにある幹の直径が2mはあろうかと思われる4本の支柱で作られたやぐらのような建造物を見上げます。

三内丸山遺跡の巨大建造物

 4階建てのビルといった感じでしょうか。画像の左下にたまたま人がいるので、大きさの比較が出来ると思います。

 ただ付近にある説明書には用途は不明というようなことが書かれていて、もう一つこの建造物には屋根があったかもしれないとも書かれていました。

 この上に上って何らかの祭祀を行っていたのかもと想像するのもの楽しい感じ。更にすぐそばにあった建物の中に入ると発掘された当時の柱の跡の様子が展示されていました。

三内丸山遺跡 発掘された当時の柱の跡

 気になったのが穴の深さですが、3m以上はありそうな感じでした。ただ一部には水が溜まっていて、正確な深さは分かりません。

 しかしこの穴を掘るだけでも大変そう。そこに長さ10m以上はあるだろうと思われる丸太を立てていったわけですから、その工事を人力だけで成し遂げたと考えると、工事は困難を極めただろうなと思われます。

 他にも「子供の墓」とか「北盛土」「南盛土」といった説明板と共に当時の発掘状況を再現した場所があちこちに点在していて、ざっと見て回っただけですが、見学には1時間半ぐらいかかりました。

 ようやく一通り見て回ったなと納得がいったので、来た道を戻り、今度は遺跡センター内の展示物を見ることにしました。

 遺跡センター内に戻って最初に目についたのが遺跡全体の様子が分かるジオラマ。これを最初に見ていたら自分のいる場所の位置関係がもう少し分かっていたかも。



 続いて例によって様々な土器が展示されていましたがそれは割愛。「これは可愛い」と思ったのが土偶

遺跡センター内の土偶

 何のために作ったのかは良く分かりませんが、顔の表情が実に豊。お守りやペンダントにしたいと思う人がいるのも頷けます。

 特別なケースに入れられていた土偶もありましたが、現代風に言えばまさに宇宙人。ちなみにこの文章を書いていて改めて画像を眺めて気が付いたことが一つ。

遺跡センターで展示されていた土偶

 この土偶、パンツを履いていますね。更に耳飾りも付けているみたい。土偶の多くは口が「オー」の発音をしている表情が多いのですが、何の意味があるのでしょうか?

 さらに地下に降りていくと壁一面に土器の破片が散りばめられた大きな壁があり、一方には貴重だと思われる展示物も。気になったのが「遮光器土偶」と呼ばれる土偶。

遮光器土偶

 見るからに不思議な土偶です。想像だけでこんな姿をイメージできるのか?何らかのモデルがあったのか?ウィキペディアの説明を読むとイヌイットやエスキモーが雪の中を移動するときこの手の眼鏡のようなものを着用していたという記載がありました。

 その意味では青森に住んでいた縄文人は北海道方面から移動してきたんだという証拠にもなるような気がします。とはいえまあ不思議な形をしています。

 色々な刺激を受けながら展示物を見て回り、最後にお土産ショップも覗いてみましたが、取り立てて欲しいと思われるようなものもなく見学終了です。



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